鈴鹿釈迦ヶ岳 
山行日:2007年年4月24日
天候:曇天
メンバー:単独

コース:石榑峠(8:55)→三池岳(10:10 10:23)→八風峠(10:32)→岩のオブジェ(10:41)→
釈迦ヶ岳山頂(11:37 12:00)→三池岳(13:05 ピーク 13:17)→石榑峠(14:25)
行動時間:5時間30分(歩行4時間49分 休憩41分)

朝、目を覚ますとうっすらと晴れているではないか!
これは山歩きのチャンスとばかりに急いで支度をし、八幡東インターより鈴鹿に向けて車を走らす。
今日の目的地はなつかしの鈴鹿7マウンテンでまだ登っていない釈迦ヶ岳である。
名神八日市インターから421号線に入り、名刹永源寺を左に見て湧き水の京の名水を通過し、
ダム湖沿いの道を快適に車を走らせて行くとやがて前方左方向に竜ヶ岳の大きな山容が見えだして
登山口の石榑峠に到着する。
峠はコンクリートの門で2トン車以上は通行止めにしてあり、その横の駐車スペースに車を止める。
支度をしていざ釈迦ヶ岳へと歩みをはじめようとするが、標識があるのに取り付き点が分からない。
ぐるぐると周辺を探すが道が無い、標識の指す方向はドコモのアンテナ方向になっており、
あの裏が取り付き点になるなあと中継点の石垣の横を歩きアンテナの裏に出て取り付き点を見つける。


       石榑峠
草付きの斜面をひと登りし、崩壊地を通過してゆくと笹原に出、椿の花がチラホラ咲く樹林帯を過ぎて少し登ると792mのミニピークである。
ここより深い笹の中を一度鞍部に下り小山を二つ程通過して対面の尾根に渡るようして続く砂礫の登りに入る。
途中には重ね岩のようなオブジェがあり、歩いてきた道を振り返るとドコモのアンテナが小さく見えアップダウンを繰り返しているのがよく分かる。
792mのピークへ向かう 椿がポツンと 砂礫の登りにあるオブジェ ドコモのアンテナがはるかに
三池岳に続く尾根道に入っても笹が結構深く、頭上のテープマークを確認しながら進む。
登山道脇には小さな山野草が咲き、曇天と樹林にさえぎられて展望のない山歩きをまぎらわせてくれる。
写真をパチリパチリと撮りながらさらに笹を掻き分けて進むと西方向がが大きく開けた稜線に出て三池岳に到着する。
スミレ! 猩々袴 岩団扇
三池岳に続く尾根道に入っても笹が結構深く、頭上のテープマークを確認しながら進む。
登山道脇には小さな山野草が咲き、曇天と樹林にさえぎられて展望のない山歩きをまぎらわせてくれる。
写真をパチリパチリと撮りながらさらに笹を掻き分けて進むと西方向がが大きく開けた稜線に出て三池岳に到着する.
大きな岩の点在する山頂からはこれから向う釈迦ヶ岳が望めるのであるが、今日はガスが濃く展望はよくない。
岩の上に座りながらガスの中を釈迦に向って歩くかどうか悩んだ末、雨にはならないだろうと良いように判断し、100m程南にある
三池のピークには帰りに寄ることにし、ザレた斜面を八風峠に向けて下りはじめる。

三池岳山頂 ピークは南へ少し歩く 三池岳より八風峠と釈迦方面
一度鞍部に下ったあとミニ尾根を渡り再び笹と樹林に続く道をひと登りして三重側が大きく開けた八風峠に到着。
峠には大きな鳥居があり、その前から釈迦、三池の三重県側登山口である八風のキャンプ場に向けての道が出ている。
キャンプ場には駐車場とロッジがありこの道を利用して釈迦ヶ岳や三池岳に登る人が多いのであろうと思われる。
峠で一服したあと三重側の崩壊地を見ながらその脇を通る登山道をしばらく進むと鈴鹿独特の大きな岩のオブジェがあり、
もちろん寄り道をしてちょこっと岩の上で仙人気分に浸る。
八風峠と三池岳 八風峠から釈迦ヶ岳稜線の途中にある岩のオブジェ
先はまだ長く南峠に向けて再び笹道を下り、少しずつ傾斜の増してくる尾根道をひたすら登って行くと
道の周りに小さな白い花が目立ちはじめてくる。 登山道の真ん中にドーンと座る大きな石を越えて行くと樹林と笹に囲まれた空間に到着。
標識が無ければ縦走路上の空間と見逃してしまいそうな山頂で登り切った感覚が少ない。
それでも鈴鹿セブンマウンテン6つ目の頂に足跡を残した事になり、記念の写真をパチリ。
少しお腹の虫も騒ぎ出してきたのでここで昼食を採ることに! 湯を沸かしラーメンを作り始めると頭上からぽつぽつと滴が!
下界に置いてきた雨男の相棒にメールで報告をした途端の雨…雨男の威力は下界からでもすごいとメールをしたこと反省し、
あわててラーメンを食べ、雨からにげるように山頂をあとにする。

釈迦ヶ岳1092m 釈迦ヶ岳山頂
急ぎ足でどんどんどんどんと南峠まで戻り、岩のオブジェを通過して八風峠に着くとようやく雨も遠ざかりほっと一息。
ひと休憩したあと三池岳に登り返し、ピークへ寄り道をして石榑峠へと足を向ける。
石榑峠からだと尾根歩きが中心で、そんなにきつくはないとタカをくくっていたが実際に歩いてみると結構なアツプダウンの繰り返しがあり
すこし筋肉通の残る山歩であった。